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静岡地方裁判所浜松支部 平成8年(ワ)161号 判決 1997年5月30日

主文

一  被告らは、原告両名に対し、各自各金一四一八万四八九九円及びこれに対する平成八年四月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、左記交通事故(暴走族が集団暴走行為中に赤信号を無視して交差点に進入したところ、青信号に従い同交差点に進入しようとした被害車両が転倒、滑走し、暴走行為をしていた一台が被害者と衝突したもの)により死亡した被害者の父母が、右暴走行為に参加していた車両(非接触車両)について自動車損害賠償責任保険契約を締結していた保険会社に対して、自賠法一六条一項に基づき保険金を請求した事案である。

二  争いのない事実等

(2(三)及び4(二)以外の事実は当事者間に争いがなく、2(三)は甲一、六により、4(二)は弁論の全趣旨により認められる。)

1  当事者

原告らは、左記交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した吉引謙司(以下「謙司」という。)の父母であり、その相続人である。

訴外節田結(以下「節田」という。)及び同吉條久則(以下「吉條」という。)は、いずれも本件事故時、暴走族「誘惑」のメンバーであり、同暴走族幹部松山惣武(以下「松山」という。)が中心となって本件事故当時行なっていた集団暴走行為(以下「本件暴走行為」という。)に、節田は同人所有の自動二輪車(名古屋な三九五六。以下「節田車」という。)を、吉條は同人所有の自動二輪車(名古屋な二三九六。以下「吉條車」という。)を、それぞれ運転して参加し、左記本件事故現場を走行した。

被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災」という。)は節田車について、被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)は吉條車について、いずれも、本件事故発生日を保険期間中に含む自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

2  交通事故

(一) 日時 平成四年五月二日午前一時二〇分頃

(二) 場所 名古屋市千種区春岡通六丁目九番地先交差点(通称青柳交差点。以下「本件事故現場」という。)

(三) 態様 節田と吉條は、松山が中心となって行なった本件暴走行為に参加し、単車二〇ないし三〇台、多数の四輪車とともに、一団となって道路幅一杯に広がって、爆音をたて、蛇行運転、信号無視などしながら、本件事故現場に差しかかったところ、松山が運転していた自動二輪車(以下「松山車」という。)が、信号機の青色の表示に従って自動二輪車を運転して交差点を進行しようとして転倒、滑走してきた謙司と衝突した。

(四) 結果 謙司は、本件事故により多臓器損傷の傷害を受け、同日午前二時二二分ころ、右受傷に起因する心肺不全により死亡した。

3  節田、吉條らの賠償責任

原告らは、節田、吉條、訴外吉永建司(本件暴走行為に普通乗用自動車を運転して参加した者)、同吉永正勝(右吉永建司運転の普通乗用自動車の保有者)の四名を被告として、本件事故に基づく損害賠償請求訴訟(節田、吉條、吉永建司については不法行為責任、吉永正勝については自賠法三条に基づく責任)を静岡地方裁判所浜松支部に提起した。

同裁判所は、平成七年九月二〇日、節田、吉條、吉永建司については共同不法行為者(民法七一九条二項による幇助者としての責任)として、吉永正勝については吉永建司運転車の保有者として、いずれも損害賠償責任のあることを認め、「被告らは、原告両名に対し、各自、各金二四五四万八八六六円及び内金二三〇四万八八六六円に対する平成四年五月二日から各支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。」旨の判決を言い渡し、右判決は確定した。また、同裁判所は、右訴訟の被告らの負担すべき訴訟費用額を二一万六七〇六円と決定し、同決定は確定した。

4  損害の填補

(一) 原告らは、平成七年一一月七日に、右吉永正勝所有の普通乗用自動車にかかる自賠責保険契約に基づき、被告千代田火災に対して、自賠法一六条一項に基づき、右確定判決の認容額及び訴訟費用額を支払うよう求め、平成八年四月五日、各一五〇〇万円ずつ保険金を受領した。

(二) 原告らは、右金員を、各々訴訟費用各一〇万八三五三円、平成四年五月二日から右受領日の前日である平成八年四月四日までの遅延損害金四五二万七六八〇円、元本のうち一〇三六万三九六七円に充当した。

三  争点

1  節田及び吉條らの各車両の運行と謙司の死亡との間に自賠法三条にいう因果関係が認められるか。

(原告の主張)

本件事故の態様に照らすと、節田車、吉條車を含む暴走集団の運行によって謙司の死亡事故が発生したとみるべきであり、右両車の運行と謙司の死亡との間に自賠法三条の因果関係は認められる。

(被告の主張)

節田車及び吉條車は、謙司と全く衝突、接触しておらず、右両車が謙司の死亡事故を惹起したものではないから、右両車の運行と謙司の死亡事故との間には相当因果関係はない。また、仮に、節田車及び吉條車の二台が暴走集団に加わっていなかったとしても、本件事故が生じたことは変わりなく、右両車の運行と謙司の死亡事故との間には事実的因果関係自体が存在しない。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実等及び証拠(甲一、六、二三ないし二五、三一、三四、三六、三七、四一ないし五八、六二ないし七九)によると、次の各事実が認められる。

1  本件事故現場は、信号機により交通整理の行われている五差路交差点で、ほぼ南北に通じる道路とほぼ東西に通じる道路にほぼ南西から通じる道路が交差し、いずれも片側一車線(ただし、南北道路は交差点に接近する部分で右折車線が増設されている。)である。

2  松山は、本件事故現場を東から西に向かい自動二輪車を運転し、対面する信号機が赤色表示をしていたのに、時速一〇ないし二〇キロメートルで同交差点に進入したところ、折から対面する信号機の青色の表示に従って北から南へ自動二輪車を運転して同交差点に進入しようとした謙司に衝突の危険を感じさせて、転倒のうえ滑走させ、同交差点のほぼ中央部分で自車前部を謙司に衝突させた。

3  松山は、名古屋市緑区に本拠をおく暴走族誘惑のリーダーで、もと特攻隊長であったが、平成元年五月一日に交通事故で死亡した誘惑の仲間の命日に毎年暴走行為を繰り返していたところ、平成四年も五月一日に命日暴走と称する暴走行為を企画し、集合場所や暴走コースを決めて、誘惑のメンバーにその旨伝えるとともに、他の暴走族グループにも連絡することを指示した。

当日午後一〇時半ころ、予め定めた集合場所から暴走集団の先頭をきって暴走行為を開始し、翌二日午前一時二〇分ころ、単車二〇ないし三〇台及び多数の四輪車を従えて一団となって道路幅一杯に広がって排気音を響かせ、蛇行運転、信号無視などしながら本件事故現場に差しかかり、前記のとおり、右方から転倒して滑走してきた謙司に松山車を衝突させた。

4  節田と吉條は、先輩の松山から前記命日暴走の計画を知らされ、多数の誘惑のメンバーらとともに、節田は、節田車を運転して松山車に続いて走行し、途中、集団の中央部、最後部等位置を変えてはいたが、殆どのコースを先頭を走る松山に追従していたものであり、吉條は、吉條車を運転して松山に続いて暴走集団の先頭部を走行して、それぞれ暴走行為に参加し、道路幅一杯に広がって、排気音を響かせ、蛇行運転、信号無視などしながら本件事故現場に至った。本件事故現場では、右両名とも、信号機の表示は確認しておらず、松山と謙司の衝突の状況は見ていないが、交差点中央にヘルメットを被った人が倒れているのを左側に見ながら交差点を通過した。

二  以上の事実によると、本件事故発生の最大の原因は、松山が信号機のある交差点の赤色信号を無視して同交差点に進入したことにあるが、松山が信号を無視して交差点を進行しようとし、かつ、それが可能であったのは、松山とともに、節田、吉條を含む暴走集団が多数の車両を連ね、一団となって道路幅一杯に広がって、爆音をたて、蛇行運転、信号無視をしながら走行したことにあったものと認められる。すなわち、節田、吉條を含む暴走集団の一団となった違法かつ危険な走行がなければ、松山が本件事故現場を信号を無視して進行することはありえず、本件事故の発生もありえなかったのであるから、節田、吉條を含む暴走集団の違法かつ危険な運行と本件事故の発生との間には事実的因果関係があるものと認められる。

被告は、本件事故発生時に、節田車、吉條車の二台の車両が右暴走集団に加わっていなかったとしても、本件事故が生じていたことには変わりなく、節田車、吉條車の運行と謙司の死亡との間には事実的因果関係は存しないと主張する。

しかし、一般に、数人の行為が集積して一定の結果を惹起した場合において、そのうちの一部の者の行為(仮に甲とする)がなかったならば、残りの者の行為(仮に乙とする)によって同じ結果が惹起したであろうと考えられたとしても、同様に、乙がなかったならば甲によって同じ結果が惹起したであろうと考えられるのであれば、「あれなければこれなし」の関係にないことを理由に事実的因果関係の存在が否定されるとすると、当該結果と事実的因果関係を有する行為は何ら存しないことになる(甲も乙も事実的因果関係の存在が否定される)のであるから、かかる場合には、甲乙いずれの行為についても事実的因果関係の存在を認めるべきである。

本件についてこれをみるに、本件事故当時、節田車、吉條車の二台が仮に本件暴走行為に加わっていなかったとしても、相当規模の暴走集団が形成されたであろうこと及び本件事故が生じたであろうことに変わりはないものと考えられるところであるが、同様な関係は本件暴走行為に加わった各車両いずれについても認められるのであるから、かかる場合については、本件暴走行為に加わったいずれの車両の運行についても、本件事故発生との間に事実的因果関係が存するというべきである。

そして、暴走集団が多数の車両を連ね、一団となって道路幅一杯に広がって、爆音をたて、蛇行運転、信号無視をしながら走行する行為は、互いに他の車両の違法かつ危険な走行を助け合う関係にあり、交通法規に従って走行する他の一般車両との間で衝突事故を惹起せしめる蓋然性の極めて高い行為であるから、節田及び吉條が、右暴走集団の一員として、それぞれ節田車、吉條車を運転して違法かつ危険な運行を行ったことと、謙司の死亡との間には、自賠法三条にいう因果関係があるというべきである。

そうすると、被告らは、自賠法一六条一項に基づき、原告両名に対し、各自、前記確定判決における認容額の残額である一四一八万四八九九円及び平成八年四月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払う義務があるものと認められる。

三  よって、原告らの請求は理由があるのでこれを認容する。

(裁判官 内山梨枝子)

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